思えばこいつは出会ったときから変なやつだった。田島と同中だったってことで何度かあいつと話している姿は見たことはあった。でも、ただそれだけ。楽しそうに田島と会話するははきはきとしてちょっとズレてて、けっこうおもしろいな、と思うくらいだった。
それからたまたま購買でと会った。彼女を見かけることはあったけど、話をしたのはあのときがはじめてだったかもしれない。「あ、きみ、ゆうと同じ部活の」。えーと、泉くん、だっけ?えへへ そう笑う彼女はいつものように、まるで空気のたくさん詰まったボムボールみたいにはねていた。とぶんじゃなくて、声がね、声。
「……えと、さん、?」
「そ。ああしってる?ね、」
「はあ、どうも」
「きみも購買なんだ、何買うの」
「んー……コッペパンとWクリームパンと焼きそばパンとサンドウィッチ」
わわっよく食べるねぇやっぱ育ち盛りはちがうなあ。はぎゅっと手に持ったアップルティーとその肩をゆらした。田島はもっと喰うよ。「あはは、ゆうは次元がちがうからいっしょに考えちゃだめだって」、と。
「じゃあわたしも同じの買おう」
「……すげーな……(こんなに喰うのかよ)」
「えっ ええ!ちがうよ!わたし全部は買わないって」
「驚かすなよ」
「はは ふつうそこで勘違いするかなあ、もー。あっおじさんジャムパンくださーい」
「同じじゃないじゃん」
「えへへ、こっちのがおいしそうで」
そのまま今度は声だけじゃなく身体をはねさせ、かろやかに階段をのぼっていく彼女。じゃあね、ばいばいいずみくん。ひらひらと振られる手。風のようにきて風のように去っていく。あっけにとられた俺は(たぶん相当動揺してたんだな、ほんと)、思わず焼きそばパンとまちがえてジャムパンを買ってしまったのだった。・・・・・・・・ちくしょう、うまい、
それからしばらくして俺とはよく遊ぶようになった。会話もだいぶ増えた。それは他愛もないものだったけれど、すごくすごく楽しかった。さすがに掃除の時間にほうきと丸めた新聞紙でした簡易野球は先生に怒られたけど。(そのとき、は気づかれないようにてろっと舌をだしてまいったなあという顔をした)。
「ー屋上で飯くおーぜー」
「おー!パン買ったらいくよー」
「じゃあ俺にメロンパン買っといて」
「いいけど今度ビスコおごってね」
「やす……」
今では名前で呼び合うくらい気の合う仲間って感じで(さすがに田島のゆうには敵わないけど)、俺はそんな関係にけっこう満足していた。いや、満足はしてないかも。
「……なあ」
「うん?どうしたの、こーすけ」
「俺らさ、付き合わね?」
「……ん、んん?」
「だから、付き合おうって言ってんの。好きなんだよ」
「わっ」
人の一世一代の告白中にりんごジュース開けようとすんな、てめえ。(しかもストローさし損ねてこぼしてるし……)。はあもう、こっちは顔真っ赤なんだよ、ハズカシー。あほ。鈍感。ちょうマイペース。そんな人の気持ちもしらずに彼女はせっせとハンカチでスカートの裾をふいている。はあ、だからさあ。
「おいこら、聞いてんの」
「聞いてる、よ……」
「(聞いてねえな、これ)……で、返事は」
そこでやっとは手をとめた。それから俺の眼をみて、すぐにぱっと視線をそらした。ゆったりと流れる雲を見ながら彼女はうーんという。ちょっと間延びした声。そうやって考え事をするたびにあーだとかうーだとか言うのが彼女の癖だった。
「……こーすけ」
「なに」
「ええと、なんというかさ、……付き合うってどんな感じよー」
「んー(あんま考えてなかった)、今までみたく遊んだりそれからちょっとえろいことするくらい」
「ふはっ孝介えろえろだなあ! あっお日さまかくれた」
「まあ男だし。 つーか今日って午後晴れんの」
「しらない、でも雨ふったら練習ないね。わたしと遊ぼ」
よっこいせ、とはぴょんと立ち上がり、こちらに向けて手を差し伸べる。……まだ放課後まで3限ぶんあるの忘れてんのかよ、お前。まあいいけどね。俺は遠慮するわけでもなく、そのままの流れでその手をとる。ひとまわりちいさな手。りんごジュースを持っていたせいかひんやりとして冷たい。
「ねえ、このままコンビニいこうよコンビニ」
「午後の授業は」
「へーきだって!それまでには戻るから……たぶん」
「あほ」
「あはは なんとでも言いなさいな」
そのまま静かな屋上階段に足音をのこして一気に駆け下りる。でも野球をしてる俺の方が足が速いのはとうぜんで、ちょうど3階を過ぎたころには俺がの手を引っぱっていた。
「ぎゃーはやい、はやいよ孝介ー」
ひいい、とあくせくする彼女の反応をたのしみながらも(こまった声をあげているくせに目ぇらんらんじゃんか)、2人で校内のかわる景色を追い越してゆく。玄関のあたりでスピードをゆるめたらがあははっ急にわらいだした。
「こーすけ容赦ないな、ああでもたのしー」
「俺といるといっつもこんな思いでいられるよ」
「(くすくす)まだそのはなし引きずってたんだ」
「たりめーだ ばか」
「どうしよう、わたしらやっぱり付き合うべき?」
「おう、毎日たのしくはねてようぜ」
はねる?なにそれ。くすくすくすくす、彼女のわらい声。ああやっぱりきみおもしろい、さいこう!だなんて。その言葉をきいて俺はにやあり、確信した。(はきっと俺に惚れはじめてる!)