こつこつと時計の音は鳴りひびく。すこしおくれ気味の壁どけいは10時半すぎをさしていて、わたしは風呂上がりのあとのメールチェックを行っていた。新着メール1件。しかも阿部からの。うん?中身をみると「はなしたいんだけど」、なんて。さっそくコールしてみる。
「(なに、なんかあったわけ、)」
『……もしもし』
「あ、もしもし阿部?ごめんお風呂はいってて……で、どしたの」
『んー……』
にしても阿部から電話とかめずらしいな。いつもはわたしがかけても出ないくせに(いや、そういうときはたいてい寝ちゃってるらしいんだけどね)。受話器越しのくぐもった声。なんというか、いつもよりテンションひく、い?なんだか違和感を感じる。
それにしても外、うるさいなあ。音の正体は雨。梅雨だししかたないか、わたしは半開きの窓をすこし閉じた。
『さあ、』
「うん?」
『今からちょっとでてこれる?バス停の近くのコンビニなんだけど』
「ええ、今?うーん……雨ふってるしなあ」
『あー……そっか』
「ちょっと、なになに、らしくないじゃん。いつもなら無理にでも呼び出すくせに」
『呼び出してねーよ』
「お その調子!阿部っぽいねーへへ。いいよ行くよ、コンビニだっけ」
わしゃわしゃとタオルでかみを適度にかわかし(どうせ雨でぬれるから適当でいいよね)、窓から家の少し先にある明りを見下ろす。さすがは24時間営業、今夜もライトがあかるいあかるい。悪ィな、とめずらしく素直な阿部に「そのかわりなんかおごってね」とすかさず注文をつけて通話を切る。プツン。あいかわらず嫌な効果音ですこと。
「やほー阿部、電話ぶり」
「……よう。つーか電話ぶりって日本語おかしくない?」
「いいからいいから。 で、どしたの」
「いや 別に……」
サッと顔をそらす阿部はなにを思ったのかこころなし顔が赤い。6月だから蒸し暑いってのもあるとは思うけど、正直ちょっとよく分からないなあ今日の彼。とりあえずかさを閉じてコンビニの外で雨宿りをした。……なんか、雨、つよくなってないか。
「(……)最近、どうなの、野球の方」
「まあまあ。今日も練習試合2連勝ってとこ」
「へえ、やるじゃん」
「まあね。妥当な結果だよ」
「わっなにその自信すごいなー」
「……」
沈黙。ひさびさの沈黙。わたしも阿部もいつもならわりと会話がつづいたりするんだけど(というか主にわたしが勝手にしゃべって阿部がつっこんでくれるみたいな)、今日はなんだかちがう感じ。こりゃあなんかあったな、部活で。
「あべ?どした?」
ちょっとかがんで阿部の顔をのぞきこむ。「ばか、こっち見んな」。人の心配をよそに、当の本人てばわたしの顔おしかえしてきますけど……!(どういうことなの……)。
「なんかさー、」
「(お しゃべる気になって、る?)む、」
「クソレと篠岡がつきあい始めたんだと」
「……水谷くんとちーちゃんが?」
「そ。たぶん1、2週間まえくらいから」
そうだったんだ、そんなの知らなかったなあ。というか早く報告しようよ、そういうのはー!へえ、だとかふうん、だとか。わたしがうんうん言っていると、どういう流れなのか阿部がわたしをひきよせ、ぎゅ、だなんて。そう、抱きしめられた。え、ちょっと、ほんきでどうしたの阿部、
「(なんてことなのこの展開……!)」
「でさ、……あいつらは部活中にけっこういちゃつくんだよ、また。主に水谷だけど」
「(……)」
「野球してる間はそっちに集中しろってんだ、思いっきり顔ゆるませやがって。だから肝心なとこでフライ落とすんだっての!おまけにあいつときたら今日も2人で仲よさげに あ、」
「ええと……ねえ 阿部、うらやましいの」
「ち、ちがっ 別にそういうわけじゃなくてさ、」
あーはいはい、なあるほど。つまり阿部は恋愛なんかにうつつを抜かして野球をおろそかにするのにむかついて、でもそれをどこかで羨んでる自分もいて。それで不安で頭ぐちゃぐちゃにしてわたしのとこにきたってわけ?ああそういうことね、はは。
「阿部、あんたかわいい。すごーくかわいいね」
「な!何いって、」
「今さら照れなくてもいいってー」
「(……)はさ、」
「うん?わたし?」
「俺にあきたりしないの」
「え、」
「ほら、俺休みの日も練習練習っていってあんま構ってやれないだろ、だから……その(飽きたりしないかって、)」
飽きる?わたしが阿部を?まさかね、そんなことないない、ありえないよー、なんて。くすくすわたしの笑い声と雨音が混ざり合う。あいにく近所は静かなもので意外とそれがおおきく響く。「たく、笑いごとじゃないんだけど」、と阿部。
「あはは、ごめん、ついね」
「こっちは真剣に話してるのに、……呆れるよほんと」
「まあ、わたしも阿部となかなか遊べないのは寂しいけどね」
「……ごめん」
「やだ、今日ほんきで阿部へん」
「うるさいよ、もう。、お前はもうちょっとおとなしくできないのかよ」
「うん できないね。だって阿部がいるんだもん、こうでもしなきゃ、くらくらしちゃう」
「ちょっ梅中それ、反則……!」
もう一度抱きしめられそうになった腕をぬけて、にこりとほほえむ。「いいからいいから。それよりさ、アイス、わたしアイスたべたい」、なんて。わたしがそういうと、まだ赤みの残る頬のままあきれたように阿部がわらった。
「お前はそういうやつだよ、まったく」
レイニー・
オーケストラ
しとしと、しとしと くすくすくす、
100620