ねえちょっと聞いてよこうじろう!わたしがそういうと幸次郎はちょっと困ったような顔をして、でも仕方ないなあはいはい、と耳を貸してくれた。中学生にしてはすこし背の高い彼
。なのでわざわざ屈んでくれたりして、おまけにわたしの頭をくしゃくしゃとなでてくれちゃったりもして。
「(まるでおかーさんみたいだ……)」
「うん?どうした、」
「ややっ べつになにも?ああでもそれでね、」
「はは、また佐久間のはなしか」
「そう!そうなの。え……なんでわかったの」
「そりゃあ毎日きかされてるからな」
あは、は……。わたしそんな毎日佐久間のはなししてる?(いやあ、まさかね)。幸次郎の思い込みでしょうどうせ。そうだそうだと自分にいいきかせ、わたしは彼の手を止める。「これ以上なでられたらセットがくずれちゃうよ」。幸次郎ははは、すまん、だなんていつもの調子でわらい、がたんと自転車のスタンドを蹴った。
「ほら、。はなし聞くついでに家までおくるぞ」
「え、そんな ……悪いし」
「今さら遠慮するなよ、小学校からの仲だろ」
「あっと、だから……(わたしスカートなんだってば、)」
「?」
「(ああもうしらん!) お おねがいします……!」
よいせっとわたしは自転車のちょうど荷物置き場のところにまたがる。うーん、なんかへんな感じ。スカートがめくれないようにと気遣っていると、幸次郎が「落ちないようにちゃんと捕まってくれよ」とうながすので恥ずかしいけれどしぶしぶ腰に手をまわした。見た目通りひろい背中。なんだか、緊張、する……!
「わっ」
急に自転車がうごき始めるものだから、思わずぎゅっと抱きついてしまう。「うう、、くるしいぞ……」。幸次郎の声。あわてて弁解すると、今度はゆっくりとしたスピードで自転車をこぎ始めてくれた。うう、やさしい……。なんてできた人間なのだとわたしは涙しそうになる。
「それで佐久間がどうしたって?」
「えっ、ああ、うん」
自転車小屋をぬけ、ゆっくりとグラウンドのまわりを通り過ぎてゆく。今日は練習がないらしく、サッカー部のすがたは見えなかった。(まあ、部活があったら幸次郎と帰るなんてできないからなあ)。そんなことを思う。校舎から校門までの長い道のり。そのようすを横目で見つつ、わたしは昼休みのことを思い出したのだった。
「……げ」
「な なんでお前がここに、」
「なんでってそりゃあ鬼道にたのまれてプリントを」
「はあ!なんでお前なんかが鬼道さんに頼まれごとをされてるんだ!」
「わたし隣の席だし……」
「信じらんねえ!俺なんてクラスもちがうっていうのに!こんなばか女がどうして……」
「だれがばか女だって、ええ?」
「お前にきまってるだろう。そんなことわからないのか、フン」
「あああ思い出すだけで腹が立つゥウウウ」
「まあまあ、いつものことじゃないか」
「いつものことだからこそ嫌なの!」
「どうして」
「どうしてって……みんなにからかわれるし」
「みんな?」
そう。みんな。クラスの女の子たちは特にそういうはなしに敏感な年頃っていうのかな、だからなにかとわたしに佐久間のことすきなの、とか聞いてくるわけで……。(べつに好きじゃないってば!)。
「ほんと、もうなんなの佐久間……!」
そこまでいうと幸次郎はちょっと静かになった。どうしたの、身体をのばして顔をのぞきこむと、なにやら考え込んでいるらしい。ちょっと、なにその神妙な顔。
「俺思うんだけどさ」
「うん?」
「佐久間って鬼道鬼道いってるけど実はのこと好きなんじゃないか?」
「……えっ」
「ほら、好きな子はいじめたくなるっていうだろ、本とかで」
「やっそれは……そんなことはない……はず……、」
ない。ないないない、そんなことありえない、よ……!だってそうでしょ、あの佐久間がわたしを?まさかね、だって、そん な……!頭がぐるぐるする。ありえないと思いつつも、すこしだけ、ほんのすこしだけ期待している自分がいる。いや、でもだからって……!それに、わたしが好きなのは源田であって、佐久間でも鬼道でもなくて、 んん?まってわたしが源田のことすき?なんで?なんでそうなってるの?あれ、え……!
桃色パニック!
そんなこんなでわたしがひとり唸っていると「うん?どうしたー」だなんてのん気な幸次郎の声が聞こえて、でもそのあとに「んな!お前らなにしてんだ、ばか女!」と校門前で待ち伏せしていた佐久間に怒鳴られああもう、わたしはどうしたらいいわけ!(たすけて神さま!)
100620