正直言って人には向き不向きっていうものがあると思う。かすかにあたたかいプリントの感触と、それから鼻をくすぐるわら半紙特有のかおり。それらを同時に感じつつ、おれはパチパチとポチキスを鳴らした。……本当、このおれが福祉委員会だなんてばかけてる。
「はあ、……サッカー、したいな」
ため息の数はもう数えていない。かわりに、ただただグラウンドをかける彼のすがたを目で追う。鬼道はあいかわらずクールに、かつ正確にパスをまわす。いいな、おれも練習に加わりたい……。こんな仕事さえなかったらすぐにでも飛んでいくというのに。だいたいはどうして帰ってこないんだ、あいつは、足りないプリントをコピーしに行ったきり……!
と、そこでホチキスがすかしたような音にかわる。どうやら、針が切れてしまったらしかった。ああついてねえ、本当、ついてねえ。このさいもう知らんとおれはのペンケースに手をかけ、てきとうに中を漁っていく。(……なんで色ペンばっか何本もはいってんだよ、うっとおしい)。
「ああーーーーっ!!!」
「(ビクッ)……な、なんだよ急に、」
「人のペンケース勝手にいじっておいてなんだよはないでしょ、だめだめ、かえして」
「(……)」
「はい、ありがとう。……あ、そうだ、先生がプリントあと20部とめたら帰ってもいいって」
「はあ、20部も?!ふざけんなよ、もう針ないぞ」
えっ。が短くおどろきの声をあげる。ほれ、と言ってからになったホチキスの中をみせてやると、「ああもうやだあ」なんて。泣きそうな声色でちょっぴりとこぼした。
「私もういきたくないよ」
「あっそ」
「うん、いきたくない」
「……おいなんだその目は。おれはいかねーぞこら」
「けち。めんどくさがり、自己中、おれさま」
「小声でいってもまる聞こえだそてめぇ」
結局、どちらが針をとりに行くかはじゃんけんで決めることになった。だっさなっきゃまっけよォ、じゃんけん、……ぽん!だなんて。うるせえ。なんでお前はそんなにやる気まんまんなんだうるせえ。
「え、……そんないやそうな顔しなくても」
が戸惑ったように言う。無視。あえての無視。このままいけばこいつのことだ、そのうち勝手に行ってくれるだろう。安易な予想に、我ながらいい加減なやつだと苦笑をもらす。
「なに笑って、」
「なんでも」
「うそだあ!」
「だから何でもねえって」
「……ふうん」
「うわ、不満顔」
「だって気になるもん」
「はあ?お前が自意識過剰なだけだろそれ」
もう一度(今度は)にやりと笑ってみせると、が顔を赤くする。かあああああっ。そんな擬音語がしっくりとくる、そんな感じ。はいはい、そういう女っちい反応はいいから。俺は期待してないから。と、しかたない、ガタリと音を立てて立ち上がる。
「あれ?佐久間いってくれるの」
「あほ。お前がさっさと行かねえから」
「……私も、いく!」
「じゃあ俺はまってるか」
「え、なんで。それこまる、」
はあ、なんでそうなるんだ。ため息。そして頭をかかえる俺。まったく、よくもまあ行きたくないだの行くだのと、ちょくちょく意見をかえるもんだ。ああ。そんなこちらの思いとは裏腹に、は「えっじゃあいっしょにいこうよ」なんてのん気な事を言う。だからなんでそうなるんだ、お前。
「だって……そしたら公平になるし」
「……不公平も公平もない気が」
「いや、でもほら、持ちきれないかも」
「たかがプリントでかよ、ばか。俺はしらん。めんどうだから先、いくぞ」
「ああと、だからぁ!」
もう、いい、私もいく!なにか決意したように、かるく頬を染めたが俺のあとを追う。ひらりと舞うスカートの裾。思わず目をそらしてしまった。ちくしょう。そんなうれしそうな目でこっちをみるなよ、ちくしょう。ちくしょうちくしょう。
しってるか。これはすきな奴にむける、女の眼だぞ、佐久間次郎。
はじめから知ってるよそんなこと。あの日、同じ福祉委員会に決まったときからずっと。グラウンドでプレーしているときにさえ会う視線も。そんなの、ずっとずっと前から知っている。いいか、自惚れるな。俺にはサッカーしかないということを、わすれるな。
しらない
(ああ、はやく部活、いかねえと)
100605