初戦、桐青高校に勝ったあと。勇人はわたしを呼び出した。「……うえへ、勝っちゃった」。あかい夕日と、それから彼のだらしない笑顔。覚えているのはそれくらいだったと思う。そうだ。そのときのわたしは不覚にもきゅんとしてしまい、「じゃあ甲子園につれていってくれる」だなんて恥ずかしいことを聞いてしまったのだった。そうして彼ははにかんだ笑顔でうんとうなずいてた。そうだ、この大会が終わるまでは。

いま、彼はこうしてわたしの前に立っている。あのときと同じ夕日がきらめく。けれど、勇人の顔は笑っていない。いつものやわらかな笑みも、すこし恥ずかしそうなはにかんだような笑いも、ときどき見せる黒いそれも。なにひとつ、見せていなかった。ああ、きっと君は、(泣いているんだ)

「ゆう、と?」
「ごめん、ごめんね、
「ええ?なんで君があやまるのよ」
「だって約束、まもれなかったし、」
「あれはわたしが勝手に、」
「……フライおとすし、」
「誰にだって失敗はあるでしょ。そんなの」

でも、と勇人。わたしはそれを制すようにぎゅっと。ぎゅっと抱きしめた。「、?」。すこしおどろいたような彼の声。こころなしかしめっている気がする。きっと彼はくやしいんだ。試合に負けたことに?ううん、きっと自分に負けたことに。誰だってあるよ、失敗だって。さっきも言ったとおり、ほんとにそう思う。でも、でも勇人はそれでも納得いかないんだろうな。ひといちばい責任感つよいから。だから、

「あんまり自分をせめないでよ」
「うん」
「ちゃんと涙ふいて、ほら」
「うん」
「ああもうしゃきっとする!」
「……うん」

顔をあげると、勇人は笑った。わたしに怒られないように、にへらとゆるい顔で笑った。それからポロリ。なみだがこぼれる。彼にぴったりのすごくきれいな雫だった。わたしに降ってきたそれを、よけることもなく受け止める。自分の頬で。彼のくやしさだとか悲しさだとかそういうものが一緒に肌を通してつたわってくるような感じ。

「(ほんと、なんなのよこれ、)」
「……?ないてるの?」
「ち、ちがっないてなんか」
「だって涙が」

……君のなみだだっての。そう思いながらも、それは言わない。「ほら、泣いてるじゃない」という彼の言葉にすこしだけ呆れた。そうしてやんわりとわたしを抱きしめ返す細くてしなやかな腕を感じていたら怒る気にもなれない。

「……おれさ、ちょっと……かっこわるいね、ごめん」
「いいよ。わたしは泣き虫な君がすき」
「ええ?それはちょっと複雑だなあ」
「なにいってるの、いちばん弱いところがすきってことはもう、君のぜんぶがすきってことでしょ」
「うん、うん……ありがと、
「ふふふっ。どういたしまして、泣き虫勇人」





夏のおわり





もういちど笑ったら、彼のなみだが口にこぼれた。ああ、塩からい。