毎日のだらけた放課後。そんなやるせない空間でぼうっとスケッチブックをながめるわたし。すごくたいくつな時間だけれど、でも、そんなところがまた心地よいのだった。窓の向こうでひかる空だとか、グラウンドにたつ砂けむりだとか運動部のひとたちの声だとか。そういうのもひっくるめて、ぜんぶ。
「さん」
ほうら、きた。わたしを呼ぶ声。おだやかで、ちょっぴりあたたかくて。どこかふわふわとした、吹雪くんの声。(ああ、なんてやさしい呼び方をするのだろう……!)。今日もまたぼーっとしてたの。ドアのあたりに立つ彼が笑みをうかべた。「うん」。そう返すわたしのなんとそっけないこと。
「そっか、たのしい?」
「たのしくはない」
「……ふうん?」
「なにその顔。いいでしょ、気に入ってるんだから」
この場所を、ね。誤魔化すように言葉をつけくわえる。吹雪くんはすこし困ったようにわらうと、教室じゅうに散らばる絵の具なんかをもてあそび始めた。
「ねえ」
「うん?」
「今日は練習、やらないの」
わたしの質問が意外だったらしくて、あからさまに目をぱちぱちとさせる彼。見えないと思ってやっているみたいだけれど、こちらからは丸わかりだった。(そりゃあ窓にうつっているからね)。
「……(くすくす)そうだよ、今日はミーティングだけなんだって。少しさびしいよね」
「そうだね、グラウンドがすっからかんだ」
「ええ、そっち?」
「そっち」
そうして2人であははとわらう。吹雪くんは普段はおっとりとしているけれど、はなしも分かるし、ちゃあんとジョークも通じる子なんだ。(まあ、そういうところが気に入ってたりするのだけれど)(でも本人には絶対にいってやらない)。
「あ、まあ、キャプテンたちはラーメン屋さんにいくって言ってたかな」
「行ってくればいいじゃないのー、吹雪くんも」
「いや、でも今ならさんにあえるかなあって」
「わたし?」
「うん、そうだよ」
……へんなの。肯定した彼を不審な目でみつめる。いつもどおりの、整った、でもちょっぴりふにゃふにゃ(ふわふわ?)した吹雪くんの顔。おかしいところなんて1つもない。「……え、なにかな」。わたしの視線にきづいた彼が眉を八の字にさげる。
「いや、なんでもないよ、……うん」
「そう?ならいいや」
「(こくこく)」
「くすくす。……あ、さんてまだ教室に残る?」
「……未定?」
「なんで疑問形なの…」
「とくに予定はなかったからね」
そのままちらりと時計を確認する。5時18分。なんとも中途半端な時間だ。帰るには遅いし、残るのには早い。ちょっぴり面倒な中間地点。でもどうして。教卓に腰かけている彼に問う。
「一緒に帰ろうよ」
「わたしと?」
「うん、そうだよ」
さっきと同じような調子で吹雪くんが答える。だから、あまりにもさらりと言うものだから聞きちがいでもしたのかと思ってしまった。(でも、わたしの耳は正常にはたらいていた)。驚きから、目をぱりくりしていると、「……ええと、そんなにびっくりすることだった?」なんて彼がきく。でも、相変わらずその笑みはいつもと同じだ。変わらない。それからもう一度名前をよばれて、わたしの意識は引き戻されたのだった。
「なんか、考えてもみなかったことに、……びっくり」
「(あはは)ごめんね」
「……ゆるしてあげてもいいけど?」
「なにそれ」
「えへへ」
わたしが笑ってごまかすと、すかさず彼が「さんて、やっぱりおもしろいなあ」とこぼす。うん?おもしろいってなにが?。
「それは言えないよ」
「うわあ、しかえしだ、そうでしょう?」
「さあどうだろうね。……ほら、かえろ?」
「ちょっと、はなしをそらして、」
「はい、マフラーどうぞー」
「……うん、どうも」
どういたしまして。吹雪くんは目をすこしだけ細めると、わたしの手を、というか正確にいえば袖の部分なのだけれど、をとって教室を出る。手をつないだりしなくてよかった。(だって、そんな、)。
きらめく夕焼けに反射した廊下はあかとオレンジの中間色。パレットであらわせないくらい自然な、うつくしい色だった。
期待した目で
追わないで
(こうしてうずまくわたしの感情に、あなたは気づいているのでしょうか)(ねえおしえてよ、吹雪くん、)