失礼しましたあ、と軽く一礼。そしてあたしたちは職員室からそそくさと出た。「おーう、おつかれさん」、と担任教師がマグをかかげたけれど、それは見なかったことにする。(どうせあたしの仕事はこれだけだもんね)。ふーっと身体の力を抜いて肩をまわすと、隣でも栄口くんが伸びをしていた。うーん、なんていいながら。


「あはは、職員室入るときって妙に力はいっちゃうよね」
「そーなんだよなあ、だから俺苦手」
「あたしも。制服についてまた怒られたらどうしようかとひやひやしちゃった」
「制服?」
「そ。なんせこんなんしてるからさあ」


そう言ってあたしがちらりとYシャツをめくると、(栄口くんはぎゃ!と一瞬びくりとしてから)うん?と首をかしげた。その先には何重にも折られたスカート。そしてははあん、納得したように頷く。


「ってばけっこう悪いやつだね」
「ありがと、それってすごく褒め言葉」


くすくすと彼はわらうと、ほら行くよ、なんて手招きする。そのあとをひょこひょことついて歩くあたし(なんせお腹をしまっているんだからしょうがない)。まってー、なんて困ったように言うと、はいはい、と適当に流されてしまった。ああ、君ってちょっと冷たいひとだね!1人で憤慨する。


「あ、そうだ」
「む?」
「プリント、運ぶの手伝ってくれてありがとうございました」
「……え、ああ、どういたしまして」
「なんでがどもるの?」
「……うーん、なんかかしこまって言われるとね、……なんか恥ずかしいわあ」
「ええ、なにそれ」


まあ、つまり悪い気はしないってことだよ。んふふとわらい、あたしは手をひらひらとあおぐ。

「……そう?でも、お礼とかは大事だからさ」
「いいよいいよ−、どうせあたし暇人だったし。それにあんな量、さすがの栄口くんでもむりでしょう」
「はは。ちょっとかっこわるいけどね−、実は俺すげーヒヤヒヤしちゃったよ」


でも、まさか女の子に助けられるなんて、と彼。少し不服そうに言う。なんで?と聞いたら、彼曰く、「だって本当は困っている女の子を格好良く助けてあげるのが普通なのにさ、逆に助けてもらうなんて、なんか……男として負けた気がする」、らしい。(栄口君には悪いけど、あたしはここで吹き出してしまった)。


「あ、ちょっと、なんで笑うかなあ!」
「だって栄口くん、お、おもしろくて……!」
「ああもうだまってて!」


頭からふおおおっと湯気のようなものを出す彼が、シーッと人差し指を立てる。そんな仕草がすこしかわいくて、あたしもそれをまねしてみせた。シーッ。


「ね、こら、」
「分かってる、分かってる」
「うそつけえ!」


あたしが(ついついからかうのが楽しくて)シーッというのを何度もくりかえしてまねしていると、「……あ、」と栄口くんの手が止まった。うん?どしたの?。そのまま彼の手がするすると伸びて、Yシャツの袖ボタンをちょこんと指さした。ああ、これね。


「取れそうになってるでしょ?」
「でしょ?……じゃなくて。気づいてるんだったら直しなよ」
「だって面倒くさくて」
「それくらいすぐできるだろ」
「……ばか。あたしの家庭科力なめないでくれる?」


そう言ってちょうど廊下脇にならぶ生徒の展示机に乗った自分のぬいぐるみを指さす。かわいくて、あめ玉を持ったくまのぬいぐるみ。本当ならそうなるはずだったもの……今は辛うじてそれがくまだと分かるくらいの完成度だけど。


「……ああ」
「ねえ栄口くん、そんなへんに納得しないでください」
「ごめんごめん、ちょっと意外で……」
「意外?」
「うん、って見た目すごく器用そうな手してるのになあって……あ、こっち」
「むむ!」


彼に呼び込まれて特別棟の教室に連れ込まれる。なにしてるの。ぽかんとしているあたしに、栄口くんが席に座るようにとうながす。もちろん文句なんて言わないけど。よいしょ、なんて裁縫箱を持ってきて(それが分かったのはその箱をひらいてからだ)、さくさくと手早く糸を針に通した。


「おお!」
「……ってば感激しすぎ」
「だってすごくて、かんどう」


それから栄口くんは手慣れた手つきでボタンをつけてくれて、最後にプチッと糸を噛みきる。なんだかそこばかりが格好良く見えてへんに印象に残ってしまったなんていうまいとあたし。わわっ、ありがと−!と直したてのボタンをなでる。


「もうこれで平気だと思うよ」
「さすが!すごい!やるなあ、栄口くん」
「はは、ありがと」
「これなら将来はきっといいお嫁さんになるよー!」
「お、おおおお嫁さん?!」
「そうそう。だって君かわいいもの、男前なあたしといいコンビだと思うね、うん」