夏の終わりはあっという間だ。梅雨があけたのがうれしくてグラウンドを走りまわっているうちに、いつの間にか影がおちる。まだ8月だというのに、和さんたちのいないそこは、なんだか冷たくて寂しいものだった。「へこむなよ、少年」。ぽん、と後ろから肩を叩かれる。(ああ、この声は、)
「、」
「なあに辛気くさい顔しちゃってんの。……らしくない」
「別に。ていうか俺はいつもこうだろ」
口を尖らせた俺に、はにひひと笑って「じゃあ、君はいつもこんな顔してるのね」と頬をつねった。もちろん俺の。ちょ、なにすんだ、やめろ!まるで子供のように扱われたのがくやしくて、ついその手を振り払ってしまった。ぱしん、と乾いた音が鳴る。もう、機嫌わるいなあ、と彼女。
「準太ってばいらいらしてる」
「してない」
「うそついてどーすんの、認めなよ。君はいらいらしてるよ」
「だからしてないって」
「……ああもう、この、頑固者」
ふん、と鼻を鳴らす。頑固者はどっちだ、と俺は言ってやりたい。何もないと言っているんだから、放っておいてくれればいいのに。(おせっかいめ)。
「……あ、今あたしのことお節介とか思ったな、準太」
「(なんで分かったんだこいつ……!) ……別に、思ってないっつーの」
「目、そらしたね。わかりやすいなあ」
「逸らしてないし。……だいだい、にはカンケーないでしょ」
俺が少し怒ったように言うと、その間を詰めるようにが言った。あるよ。短く、強く。でもそれ以上にすごく切ない声で。桐生に入学してからずっと一緒に野球をしてきたけど、こんな風に言う彼女を見るのはあまりなかった。あったとすれば、ちょうど、今日のような赤い夕焼けの綺麗な大会の、夏の、終わり。それだけだったような気がする。「ある」。もう一度繰り返される、声。
「あたし、そーゆーうじうじしてる人いやなの。きらいなの」
「はあ」
「見てるとこっちまで、なんかやる気なくすし。だらだらしちゃうし」
「……」
「だから、君がブルーになってると、むかつく」
むかつく。ちょうどそこを言うときにはにやりと笑った。がんがんとばす剛速球からのチェンジアップ。野球でいうなら、こんな感じ。「あたしは、もっと強気な君がすき。……ああ、わかる?」。まるで当たり前のように言われたのがなんだか可笑しくて、ついつい吹き出してしまった。彼女が眉間に皺を寄せる。
「ちょっと、何でそこでわらうの」
「くく、……だって、なんか……っ、おかしくて、」
「……人の一世一代の告白を、そんな風に笑いのタネにしたいでもらいたい」
がじとりと俺を睨んだ。心なしか頬は赤いけど。(でもそれがまた面白い)。それから、彼女のとげとげとした視線を受けつつも俺はけたけたと笑い続けて、ある程度したら深呼吸。3年生といたときみたいな感覚だ、こんなの。なつかしい。
「はは……なんか、のおかげでちょっと力抜けた」
「うん」
「さんきゅ」
「うん」
頷く彼女の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。はじめてスタメンに選ばれたときに、和さんがしてくれたのと同じように。ちからいっぱい。なんだか、くすぐったい気持ちで。
「……いたいよ、ねえ」
「いーじゃん、これくらい。今俺は和さんとの思い出を楽しんでるんだよ」
「……あっそ。別にこのままでもいいけど、忘れないでね」
「なにを?」
「あたしの告白!」
ずっとずっと、我慢してたんだから。そういう彼女をぎゅっと抱きしめて寄りかかる。重心をそちらに掛けたらぐらりと2人ぶんの影が揺れた。ちゃんと支えろよな、と俺。今度はこちらにを引き寄せて受け止めてやる。もっと何か口うるさく言い出すかと思ったのに、すっぽりと腕のなかに収まってしまった彼女は意外に静かで。うん?と不思議に思う。
「……しってる?こういうことってホントは好きな人同士でやるもんなんだよ」
「ばっか、当たり前だっての」
「……君はいじわるだよ。……なんでからかうの」
「ん?」
「あたしの気持ち知ってて、いやなやつ」
そういいながら、腕の中で額をおしつけられる。間が持たなくて、そしてが何をいいたいのかが分からなくて。俺は困ったと頭をかいた。まったく、調子が狂う。
「頑固者の次はいやなやつかよ」
「そうだよ。でもそういうところも含めて、すき」
「分かってる」
「わかってない。……気づくのおそくて、いやになっちゃうね、もう」
それから俺が目を泳がせているうちに、不意打ちを食らう。押しつけられるような、かわいげのないキス。それから、吐き捨てられるような台詞。
「和さん先輩のこと考えられないくらい、頭の中をあたしでいっぱいにしてあげる」