今日はたまたまバスの時間が合わなくて。適当に乗り継いでちょっとした運動がてら家までの長い道のりを歩く。途中、少しつかれたなあと思ってコンビニに立ち寄ったらついつい入り浸ってしまった。おかげで空は群青色。ちょっと寄り道しすぎたわ、と反省反省。

「あれ、……阿部?」

クリーニング屋の角から、どことなく中学の名残を残す彼らしき人を発見。すかさず声を掛けると「……あ、」なんて返ってくる懐かしい声(ああ、よかったあ)(これで人違いだったら恥ずかしいな、私)。

「久しいねえ。……なに、部活のかえり?」
「ああ、大会前でいそがしーんだ、今」
「ふうん。がんばってるじゃん」
「見てもない癖に適当なこというなっての」
「あはは、そうかも。でもさ、」

そこ、土がついてるよ。私は彼の頬を指す。こんがりと焼けた肌の上についた、その土のあと(さすが野球してるだけはあるってことなのかね)。

「……え、まじ?」
「おーう、まじまじ。阿部もかわいーとこあるなあ」
「あほか。男にかわいい言ってどうする」
「どうもしないけど、私が満足する!」
「……あいかわらずは頭おかしーな」
「う、うるさい……!」

わざとらしく溜息をつく阿部が私はくやしくて、彼の自転車に軽く蹴りを入れてやった。「うおっ」。それから、なにすんだよ、と怒られる。まるで中学の時みたいだ、こんな会話。なつかしくて、でも今でもそれが楽しく思えてきて。私はあはは、と笑った。やっぱり、阿部も変わってないや。つられてクックと喉を鳴らす彼に言う。

「そうかあ?少なくともお前よりは成長してると思うけど」
「あ、ほらまたそんなこと言う!……そこが変わってないんだって」
「それはお互いサマ!」

こいよ、途中まで送ってってやるから。阿部がそう言ってくれたので、私はいそいそと自分の鞄を彼の自転車のかごに押し込んだ。「んな!荷物持ってやるとは言ってねえぞ、」。

「ケチくさいこと言わない。昔はよくこーやって栄口とかと3人で帰ってたりしたでしょ」
「ふざけんな。あれはじゃんけんで負けた奴が荷物を持つってルールだったろ」
「……そ、そうだったかなあ」

忘れちゃったよ、と私がおどけてみせると(もちろん覚えてたけど!)、阿部が胡散臭そうな顔をした。……都合のいい頭してるな、お前。溜息混じりに言われる。やっぱり阿部にはお見通しだったか。昔から彼には嘘つけないんだよなあ、なんて笑って誤魔化す。あいかわらず嘘を見破るのが上手なやつだ。

「……なんかさあ、なつかしーね、こういうの」
「うん?」
「ほら、こーやってよく連んだりしてたじゃん」
「ああ……そうだったな」

本当、なつかしい。昔は私もちょこっとシニアの方で野球をしていたし、中学でも一緒だったから阿部とはよく一緒にいたものだった。だけど、引退して、おまけに高校も変わってしまって。私も阿部もお互いに接点がなくなってしまい、こうして2人で話す、ましてや一緒に帰るだなんて考えもしなかった。なんだか、中学に戻ったような気分。

「なんか知らないけど、お前といたわ」
「そうそう。……で、席替えで3回連続で隣になっちゃたりして!」
「あーあったあった!あんときは毎日がユーウツだったなあ、俺」
「え!なにそれ−」
「だってが面白すぎて授業妨害するから」
「ひどいよー、阿部ってばすぐ寝ちゃうから私が起こしてあげてたのにさ」

はあ?!そんな寝てねーよ!と阿部。そうは言っても文系の授業があるたびにイビキかいて寝てたこと、私は知ってるんだけど(そりゃあ伊達に彼の隣で授業受けてたわけじゃないからね)。

「お前が言うとなんかあやしい」
「阿部、すごく私に失礼」
「いーだろ、無礼講無礼講!相手に今更なにを気遣えっていうんだよ」
「うわあ、さっきよりもひどくなった」

あははははと募る笑い声に、こんな調子でばかみたいに笑うのってなんかいいな、と思う。女の子特有の妙なグループ意識だとか、周りの視線だとか、そういうのを全部忘れて思いっきり楽しめる場所。それが阿部の隣だった。(そうだ、)。だから私は彼と一緒にいたのだ、ずっと。……はあ。ひとしきり笑ったあとのちょっぴり冷たい溜息。

「……でも、今考えてみると、私……中学のころ阿部のことすきだったのかなあ」

ぽつり、となんとなく言った言葉。それから、少し間が開いてから「……え?」と彼が答える(べつに答えになんかなってないけど)。気にしないで私は続ける。

「あの時はよく分からなかったけど、なんだかんだですきだったかも」
「……」
「阿部の隣は居心地いいし、楽しいし。口は悪いけどいいやつだったし。……うん、たぶん」
「……」
「あ、ごめん、しんみりしちゃった?いいよいいよー、気にしなくて。唐突に思ったことだから」

手をひらひらと振って誤魔化す私。ほんと、一瞬だけど空気が張り詰めた、というような堅くなったような気がして、ちょっと怖くなったのだ。こんな時こそ「まじかよー!」と笑い飛ばしてくれたらよかったのに、阿部め。頭の隅でそう思いつつも、でもどうせ昔の話だしなあ、と少し開き直る。

「……ちょっと、黙んないでよ、阿部。なんか雰囲気わるくなっちゃうじゃーん」
「……あの、さ……、」
「うん?」
「それじゃ、今は、……どう?」
「……え、?」

ちょっと待て。なに、言ってるんだ、阿部……。私の思考回路がついていけなくなって、パニック状態になりつつもすがるように彼を見る。恐ろしいほど真っ直ぐな、真剣な目。(こんな姿、試合とかでも見たこと、ない……!)。

「ホントはずっと言おーと思ってたんだけど、なんか、言えなくて」
「あべ、」
「だから今度こそ、ちゃんと言う。……、すきだ」