瞼に浮かぶ彼の姿。あおい空と、その中をはしるボール。それから、少しクールにも見えるあの垂れ目。高瀬準太先輩はわたしのだいすきな人だった。どんなときでも、どんな場所でも、目で先輩を追ってしまってどうしようもない。会話するたびに心がはねて、しあわせだなあと感じる自分。(ああ、これが恋というやつなのか)。
ああ、うかれて気持ちを伝えた馬鹿はだれですか。(わたしです)
ああ、そして案の定だめで泣いて帰って来たのはどこのどいつですか。(わたしです)
もういやだ。恋ってなんだ。すきってなんだ。わたしってほんとなんなんだ。くやしいやら恥ずかしいやら何やらで、高ぶった感情は、涙になって押し流されてきた。(なんて女々しいやつなのだ)。おまけに、そんな姿を幼なじみに見られるなんて。もう。
「利央ったら、もうなかないの!」。そう言って彼の手を引いたのは5年前。だけど、今はわたしが彼に手を引かれている。(なんか、不思議だ)。う、うう……っ、なんて自分でも思う情けない声。涙でピントの合わない視線で、その大きな背中の後を追った。だいじょーぶ、と利央が聞く。大丈夫なわけ、ないじゃないか、とわたし。せっかく心配してくれてるのに、なんて可愛げのない。
「…そっか」
「……」
「……」
「…(うわ、利央黙っちゃったよ)(ああもう)」
ご、めんね。わたしが謝ると彼は「なんでがあやまってんの」と言って、こちらを向いた。泣き顔なんて、見られたくなかったのに。ほんとは制服の袖で涙を拭おうと思ったのだけれど、あいにく、制服は夏服だった。だからせめて泣きはらした目だけは見られたくなくて、わたしは俯いて、伸ばしかけの髪でそれを覆う。なんて子供っぽい悪あがきだろう。
「ほんと、ごめん」
「いーってばァ、……オレ、なんもしてないし」
だから、泣かないでってえ、心配そうに利央がわたしの顔を覗き込んだ。(これじゃあせっかく隠した意味がなくなっちゃう)(ばか、気づいてよ)。ふえーんっ。もう、涙が止まらなかった。じゃなかったら、一気に何かがわたしの中ではじけてしまいそうだった。ぐすっ、ぐすっ、思わずその場にしゃがみ込む。
「え!ちょ、ね、……!」
「……うー、なんでそんなにやさしいのー」
「や、やさしくねえよっ」
「だって、なんでわたしが泣いてる、か、とか、しらないのに……ずっと側にいてくれてるし、」
ああ、涙が止まらない。なんで、どうして。ぐるぐると頭の中で交差するその言葉を、わたしは繰り返すばかり。き、聞かねえよっ。利央が言った。わたしの脇でしゃがみ込みながら、たぶん、必死な感じで。その眉は下がりっぱなしだったけれど。
「……え?」
「オレは、なんも、聞かねえよっ。が、そーゆー顔しちゃうのは、……なんか、言いたくないことだろうから」
「利央……」
今にも泣き出しそうな顔をする彼。そうやって人に感化されやすいのは、昔から、そう、わたしたちがまだ小さかった頃から変わらない。ありがと、利央。わたしがそう言うと、彼はうん、と照れくさそうに笑った。ふわっふわのまるで犬のような髪がゆれる。そんな様子を見ていたら、なんだか少し落ち着けたような気がした。「あのね、わたしね」。
「……ちょっと辛いけど、やっぱり、言うよ。誰かに聞いて貰って、すっきりしちゃいたいから」
「うん」
「……わたしね、失恋したの。先輩に」
「せんぱいって、」
「そう、高瀬先輩。利央のよく知ってる、ね」
(わたしがちょうど高瀬、といったところで一瞬彼の肩がびくりとしたのは気のせいだろうか、)。何も言わない利央をちらりと見てからわたしは続ける。
「……でも、だめだった」
「……」
「なんかさあ、すきなひと、いるんだって。きっ、この前廊下で楽しそうにおしゃべりしてた人だと思うけど」
「……」
「だから、の気持ちはうれしいけど、ごめんって。気、つかわせちゃったよ、わたし」
「……」
それで、なんか、泣けてきちゃって。ふ、うえ……。ああ、だめだ。またぶり返して来ちゃった。(どうしよう、利央にこれ以上迷惑なんてかけたくないのに)。止まれ止まれ止まれ。心の中で何度も呪文のように唱えてみるけれど、効果なんてない。わたしって普段めったに泣かない分、一回泣くと止まらなくなっちゃうんだよなあ。ごしごしと目をこする。
「……こすっちゃ、ダメなんだよォ」
「う、え?」
「……オレも、よくこーやって泣くけど、こすっちゃうと目が腫れて…その、ばれちゃうから。泣いたのが、さ」
「(ひっく)」
「…だから、えーっとォ」
これ、使っていーよ。がさごそと何やら鞄を開けて、中身を引っかき回す利央。それから、目当てのものを見つけると、わたしの目にぐーっと押しつけた。すこし汗くさい、彼のタオル。じんわりとわたしの涙をぬぐい取ってくれている。(ほんとうは不器用なくせに、お人好し)(昔からそうなんだから)。
「……利央、いたいよ」
「え、うそ、マジ?!……ご、ごめん」
「(ぐすっ)おまけに、タオル汗くさいし」
「え、ええ、」
「……でも、ありがと、利央」
「(!)……えへへ、いーよ、これくらい」