夕暮れ、赤くひかる練習後のグラウンド。みんな(主に1年生)がボールを拾い集めている中で、ちゃっちゃとバッティングマシーンを運ぶ。がらがらと鳴る重たいそれ。下にローラーがついていて本当によかったと改めて思った。だいたい、なんで女の子の私がこんなに厳ついものを、なんて。ひとりブツクサと口を尖らせていると、隣でトンボを持った準太が笑った。いいじゃん、はそれだけ力持ちなんだから。
「それ、褒めているようで実はけなしてるよ」
「はは、ばれたか」
「あたりまえ。ちょっとは気遣ってかわったらどうなのー」
「やーなこった」
んべーっと舌を出してはにやりとする彼。あ、こら、なんだその顔は!私が言い返すとなぜかトンボがけを止めてついてくる。きっとサボりたいんだな。すぐにぴんと来たので、(そうだ)、追い払ってやろう。「ほうら、さっさとトンボかけろばかあ」。わざと監督のまねをしてやった。
「…ぶぷっ、ぜんっぜん似てねえ」
「うるさい。ついてくんな、はやくどっか行ってったら」
「、口悪すぎ。もっとおしとやかにすれば」
「これは生まれつきなの!今さら治るわけがないのです!」
ふん!鼻を鳴らして私は憤慨した。第一、おしとやかな自分なんて想像しただけで爆笑だ。わっかんないやつだなあ、なんて威張れば準太は胸張って言えることかよ、とばかにしたように言い、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。うりゃうりゃー。その楽しそうな彼の顔といったら。
「ぎゃー!やめーっ、髪がくずれるでしょ」
「崩れる?いつも通りのまんまだろ」
「失礼な!」
ぎゃあぎゃあと2人で騒いでいると、「こらあ、お前らちゃんと片付け手伝えー」と和さん先輩に怒られて、私と準太は顔を見合わせてお互いをじとりと見つめる。(おっと訂正、睨み合う、という方が正しいのかもしれない)。ああもう、これも全部あなたのせいだよ、と私。
「はあ?俺が悪いって言うのかよ」
「悪い悪い。そりゃあもうね」
「意味分かんねえ」
「…あーあ、最初から準太が手伝ってくれてたらなあ、」
ぽつり、とふざけて彼に言う。もちろん、にやりとして。それから倉庫の方へと勝手にマシーンは動いて(わっ!)、すいすいとグラウンドの影へと進んだ。あれ、なんで。ちらりと脇をみると、トンボを肩に担ぎながらも私を手伝ってくれている準太の姿があった。
「…え、なに、ほんとに手伝ってくれるの」
「なに今更おどろいてんだよ、ばか」
「だって、半分じょーだんだったのに」
「なら離す」
「わ!うそ、うそー!ありがとう」
ったく、こんなんするの今日だけだし、と彼。なんでだ、どういう風の吹き回しだ。私の中でいろいろな予想が渦巻くけれど、深く追求はしない。だってこれでまた機嫌を損ねられたら困るもんね、と1人でうんうんと頷いて、彼の力を借りつつ倉庫へ押し込む。土埃で汚れた手の平は、パンパンと叩いて払った。なんていい音。
「うっ、ったらすげー砂っぽい」
「しょうがないでしょ、これだけグラウンドかけずりまわってんだから。それにあなたも人のこと言えないって」
「いーんだよ、俺は。……というかお前はいつも砂っぽそう」
「それ、どういう意味かな、おいこら」
私が額をヒクヒクさせながら聞くと、準太は意地の悪そうな顔をして笑う(ああ、絶対面白がってるな)。それから、緑のフェンスの方を指して聞かれた。もあーゆー格好とかすんの、なんて。うん?あーゆー格好って?とそちらを見ると、ん、とさっきよりもわかりやすく示しながら、私服で歩く女の子たちを指さした。
「うわあ、かわいい子だあ」
「…そうじゃなくて、お前も普段はああなの?」
「あー…私?どうだろうね、すごーくはりきってなければもっとラフな感じだよ」
「ふうん」
なにかひっかかる所があるのか、準太は眉を微妙によせた。…なに。私のぶっきらぼうな声。
「私だって一応女の子なんだから、おしゃれくらいするの」
「へえ」
「やけにつっかかる言い方」
私は口を尖らせる。だって本当のことじゃあないか、と自分でそれらしい反論を考えてみる。けれど今日は調子が悪い、いつもみたく言い返せない(きっと球拾い2時間がきいたんだ)。しょうがないので、半ば口癖になってしまっているような「なんなの、」という言葉を口にする。
「別に」
「なにそれ」
「…でも、お前はやっぱ今みたいに土まみれの方が似合ってると思うわ。そっちのが格好いいよ、」
「!」
あんまりだ、不意打ちだ!