「え!ちょっと待ってよジェームズ、水中人ってこんな姿してたの!」

少し興奮がちにがジェームズの名前を呼ぶ。それから彼の腕をばんばんと叩いて、「なになに生き物図鑑」を目と鼻の先へと突きつけた。「ちょっと、それじゃあ何も見えないじゃないか」。メガネをかけ直しながら離れる。

「あ、ごめん。びっくりしたら、なんか興奮しちゃって」
「まったく君らしいよ、もう。…それで、水中人がどうしたって?」
「うん。だから、私この本で初めて見たんだけど、想像してたのと全然ちがったの。きもちわるいの」

そりゃ君、水中人にかなり失礼だよ。そうジェームズが困ったように笑ったけれど、は「率直な感想を述べたまでだからね、私は」とひょうひょうとしていた。図鑑の中で例の生き物が声にはならない声で何かを叫んだ。ぎらりと鋭い歯がひかる。「うっ、」。

「…たしかに可愛らしい、とは言えないだろうね」
「でしょ。私、マーピープルってマーメイドみたいなもんかと思ってた」
「マーメイド?人魚のことかい?」
「そうそう。私マグル生まれだから、そういうイメージ強くて」

うーん、と首をひねるがあんまりにも真剣な顔をしていたのが少しおかしくて、ジェームズはくすくすと笑った。いつもふにゃふにゃと笑っている彼女にしては、なんて珍しい。そう思ったからだ。

「なんていうかさ、もっとこう…綺麗で、妖艶で、神秘的な感じがあるわけ。」
「でも、実際に見たことなんてないんだろう?」
「まあそうなんだけど。少なくとも私が知ってる人魚っていうのは、もっと悲しい生き物だったよ」
「悲しい、ねえ…」

うん、と頷いたが本に載っている水中人の背びれのあたりを撫でる。一定のテンポで水中人がひどい声を上げるけれど、そんなのは気にしていない様子だった。ちょっと唇の先が尖るのは彼女の癖。無意識の生んだ産物。

「人魚はね、決して結ばれないと知ってて、人間に恋をしちゃうの。
 それから、魔法で自分も人間になって彼の元に行くんだよ。
 でも、やっぱり愛してはもらえなくて。狂った彼女はその人を殺そうとするの。
 結局できなくて、海に身投げしちゃうんだけど」

「…それはマグルの世界の話かい?」
「うん。ほんと、愚かでかわいそうな生き物でしょ」
「まあね。同情しすぎて涙が出ちゃいそうだ」
「ばか、それって笑いながら言う台詞?すごくすてきだね」

パタン、とが図鑑を閉じる。そのまま「はい」とジェームズに渡してきたので、彼は面食らったような顔をした。しょうがないな。溜息をついて見せるけれど、しっかりと本を棚の中に戻す。戻すと言ってもすぐ近くなので、ちょっと身体の向きを変えるだけで済むのだけれど。

「ジェームズ、ごくろう。」
「僕に偉そうな口をきけるのかい、
「それはジェームズの機嫌によるかな。
 …ね、私ね、本当は人魚なんだよ。さっきの話も実は私がモデルなの」

の見せる、挑発的な視線。滅多にしない上目遣いをされて、ジェームズは彼女が自分を試しているのだと思った。「今嘘だと思ってるでしょ、本当なんだからね」。少し怒ったように言う。

「だって、君、さっき実際に人魚を見たことないって言っていたじゃないか」
「あれは嘘。知ってる?人魚っていうのはね、とても貪欲な生き物だから、嘘も駆け引きも得意なんだよ」
「へえ。でもさ、マグルの世界ではジュゴンと人魚は一緒なんだろう?」
「そ、そういう話もある」

とたんにの視線が泳いだ。「僕をからかおうなんて100年も早いよ」とジェームズが笑った。うるさいなあ!と彼女がくやしそうな顔をして、そのくしゃくしゃの髪のかかる額にインクビンを投げつける。もちろんジェームズはそれを見事にキャッチしてみせた。

「そんなの投げつけて、僕を殺す気かい、
「本気だったらもっと殺傷力のあるものを使いたいなあ、私は」
「相変わらずの意地っ張り。まあいいさ。
 …そうだ、マーピープルの歌声を聞いたことはある?」
「え、あれってちゃんと歌えるの…?あんなすごい声をしてるのに」

信じられない、というような顔をする。勉強嫌いの彼女はきっと、水中人が水の中でしか歌えないと言うことを知らないのだろう。本当はとても綺麗な声をしているんだよ、とジェームズが教えてやると、不思議な生き物なんだねと目を輝かせた。

「今度、湖の氷が溶けたら一緒に聞きにいこうか」
「うん。それはグッドアイディアだね!」
「そんなにうれしそうな顔をしないでくれよ、まだまだ冬が続くんだから」
「そうでした。…あ、でもだめ、ジェームズはかっこいいからマーピープルが恋しちゃうよ」